アヌラーダプラを代表する寺院の一つ『イスルムニヤ精舎』。




スリランカ最古の都“ アヌラーダプラ ”。

広大なアヌラーダプラ遺跡地区の中でも、外せないポイントの1つが、『イスルムニヤ精舎』だ。

アヌラーダプラは、世界遺産に登録されているため、遺跡地区ないへ入るには、チケットオフィスで、入場料「US25$」を支払わなければならない。

*アヌラーダプラの「旧市街」と「新市街」は必要ない。遺跡地区のみ。*

だが、メインの遺跡エリアよりも、少しだけ南に離れた「スリーマハー菩提樹」と、この『イスルムニヤ精舎』だけは、そのチケットに含まれていない。

そのため、イスルムニヤ精舎の入場料は、別途「200Rs (約130円)」支払う形だ。

あと、イスルムニヤ精舎を見学する上での注意事項は、こちらの記事「アヌラーダプラ遺跡地区の『観光方法』と『最低限のマナー』」を参照して欲しい。

イスルムニヤ精舎の御堂

御堂

岩肌を掘るようにして造られた「御堂 (読み方 : みどう)」。

イスルムニヤ精舎は、僕がスリランカに来て初めて、訪れたお寺なので、個人的に、すごく印象に残ってる。

ムーンストーン

御堂へと続く階段の1番手前には、「ムーンストーン」。

このムーンストーンは、あまり状態がよくないが、アヌラーダプラ遺跡地区の中で、もっと状態が良く、豪華なものを見ることが出来る。

ガードストーン

そして、そのサイドには、魔除けの「ガードストーン」が2つ置かれてる。

アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディの遺跡において、

この「ムーンストーン」と「ガードストーン」のセットは、必ずある。

本堂内にあるカラフルな『涅槃像』

涅槃像

このカラフルな涅槃像は、ガイドブックなどで見たことあるかも。

因みに、この仏像は、東京の浅草寺の援助で、色の塗り替えが行われたらしい。

日本人からすると、古びていて、質素で、時代を帯びた仏像の方が、仏像らしく感じるが、スリランカ人的には、仏陀の後光というか、カラフルな方が、仏陀らしく感じるようだ。

そこも、日本の大乗仏教とスリランカの上座部仏教の捉え方の違いの一つなのだろう。

本堂奥

本堂奥には、ツバメの巣があって、朝7時半前後に行くと、ツバメが飛び交ってる。笑

本堂内には、あのデッカい涅槃像だけでなく、壁に当時の様子が描かれた絵も何たくさんある。意外とシンプルに描かれていて、わかりやすい。

本堂の隣の建物は、「宝物殿」。

宝物殿

本堂の脇には、「宝物殿 (ほうもつでん)」があり、

有名な『恋人の像 (The Lovers)』や『王族の像 (The Royal Family)』という彫刻がある。

恋人の像 (The Lovers)

拡大すると、こんな感じ。

The Lovers (恋人の像)

左の男性は、紀元前2世紀に、アヌラーダプラを治めていたドゥッタガーマニー王の息子「サーリヤ王子」。右手の女性が、恋人の「マーラ」。

王子は、マーラとカーストが違い過ぎて、周囲は認め用としなかったようだ。

それでも王子は、自分の身分を捨ててまでも、マーラとの結婚を望んだと。

この彫刻と実際に生で見ると、その様子が伝わってくる。

アヌラーダプラへ来たら、必見の彫刻の1つだ。

Kings Family (王族の像)

中央が、ドゥッタガーマニー王とその妻。

王の左側が、サーリヤ王子で、王の妻のかたわらが、マーラ。

マーラは身分が低かったため、像の片隅に小さく掘られてるようだ。

寺院の裏側から、岩の上へ登ろう

実は、カラフルな涅槃像のある「本堂」と恋人の像がある「宝物殿」の間に、階段がある。

その階段を登っていくと、ロックテンプル (イスムルニヤ精舎) の岩に登れる。

小さな塔もあり、岩の上に登ると、アヌラーダプラを見渡せて、地上からは見えないアヌラーダプラの姿を見ることが出来る。

シーギリヤへ行った時に、シーギリヤロックに登って下を見渡したら、アヌラーダプラと同じような王宮の作り方だった。

おまけ

因みに、僕はスルーしてしまったのだが、この記事の最初に紹介した「御堂の写真」の右奥の岩壁あたりに、ゾウが掘られてるらしい。

御堂の写真とは、本堂の絵画ではなく、僕が撮った写真のこと*

知らないとスルーしてしまうようなところにあるので、興味のある人は、是非、そちらもチェックしてみてほしい。

実際にアヌラーダプラ遺跡内のポイントを全部回ってみた経験から、『イスルムニヤ精舎』は、その中でも、特におすすめしたい1つだ。

関連記事 : アヌラーダプラ遺跡地区の『観光方法』と『最低限のマナー』

関連記事 : 聖地『アヌラーダプラ』の魅力と行き方。



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