「熊野三山」から『高野山』を巡る男一人旅。〜本物の自然を求めて〜




2014〜2016年は、

海外を旅することが多く、自分のインプットが過剰になっていたので、

2017年は、「これまでの経験のアウトプット」と「休養」に多くの時間を割いていた。

その息抜きとして、

僕は、夏に何度か、東京の「高尾山」に足を運んでいたのだが、

世界の手付かずの自然を実際に訪れてきた自分にとって、「高尾山」は、人工感が強かった。

というのも、

山道もコンクリートで、塗装されてるところが多く、自然に残された自然のエリアが非常に狭く、自然のパワーが弱まっていたのだ。

なので、僕は、どこか物足りなさを感じるようになり、心の底で、もっと自然らしい場所 (特に森) を欲し始めていた。

高野山への導き

空海のシンクロニシティ

そして、ちょうどその頃、

キングコングの西野さんが、絵本の出版やクラウドファンディングの成功など、世間を席巻していた時期で、彼の活動をフォーローしていたのだが、とある雑誌の中で、

空海」をベタ褒めしていた。

この雑誌を通して、僕は初めて、『高野山』の存在を知った。

空海」は、小中学校の教科書にも載っていたし、大学の現地研究で、たまたま、自分が消去法で選んだ行き先も、空海が改修したと言われている香川県の「満濃池 (まんのういけ)」だったりして、空海の存在は知っていたけど、

高野山』については、全く知らなかった。

ある時、

家のポストに入っていたあるチラシの片隅に、「等々力渓谷」が紹介されていた。

割と、家の近くにあったし、なんとなく行ってみたくなって、訪れると、

予想以上に、自然の力もあり、高尾山よりも、よっぽど自然を感じれる場所だった。

そして、「等々力渓谷」を歩いていると、

小さな敷地に、稚児大師御影堂があって、

そこで、「空海の幼い頃の像 (稚児大師像)」に出会った。

目的もなく、ただ訪れた場所で、またしても、空海。

さらには、

*出典 : facebook*

それと同時期に、

映画「空海」の日本での上映が、アナウンスされた。

ちょうど半年後くらいに、これから上映予定するタイミングで、別の映画を観に行った時に、広告が貼り出されていたのだ。

  1. キングコングの西野さんの「空海愛」。
  2. 等々力渓谷にある「空海の幼き像」。
  3. 映画「空海」の上映のお知らせ。

これらのことは、同時期に起こった。

まるで世界が自分に語りかけるかのように、「空海」のシンクロニシティが起きたのだ。

なんか、よくわからないけど、高野山へ行った方が、良いのかもしれない。

ちょうど、手付かずの緑 (山) を欲していたこともあったので、僕は、秋に『高野山』へ足を運んでみることにした。

紀伊の国を男一人旅

「熊野三山」も、訪れよ。

高野山』へ行くことを決め、色々情報を集めてる時に、

和歌山県のガイドブックを観ていると、

*高野山は、和歌山県にある。*

那智の滝」の写真があった。

*上の写真は、自分が撮ったものだけど、こういうアングルの写真。*

その写真を見た瞬間、

直感的に、「ここ行きたい!」と思ったので、

僕は、『高野山』と「那智の滝」の両方とも行けるルートを考えることにした。

しかし、同じ和歌山県ながら、なかなか距離が離れている。

諦めずに、いかに効率よく回れるかを考えながら、調べていると、

  1. 東京」→「那智の滝 (那智勝浦)」
  2. 那智勝浦」→「高野山

と、バスを使いながら、行けそうなことが判明した。

またちょうど、那智の滝と高野山の間にある「熊野本宮」。

熊野速玉大社」も、那智大社の近くにあったので、合わせて訪れることにした。

ということで、

高野山』だけの予定だった一人旅は、

いつの間にか、

  1. 東京」→「那智の滝 (那智勝浦)」
  2. 那智勝浦」→「熊野速玉大社 (新宮)」
  3. 熊野速玉大社 (新宮)」→「熊野本宮
  4. 熊野本宮」→「高野山
  5. 高野山」→「大阪」→「東京

という計画に変身。

僕は、あまり二度手間のルートを辿るのが嫌いなので、

行きは、東京から夜行バスで、「那智勝浦」まで直接行き、その後は、ローカルバスで、「熊野三山」を回りながら、「高野山」まで。

帰りは、「高野山」から電車で、「大阪」に出て、そこから新幹線で、「東京」に戻るという感じ。

合計3泊5日の旅だ。

「熊野三山」を巡る。

東京から那智の滝へ。

那智の滝」は、なかなかの僻地にある。

最寄りは、「那智勝浦 (なちかつうら)」という、日本有数のマグロ水揚げ量を誇る町。

出来るだけ最短で安いルートを考えていると、

東京の新宿から、那智 (勝浦温泉) までの夜行バスを見つけた。

*大宮→池袋→新宿勝浦温泉(終点)。南紀勝浦線。*

僕は、東京の新宿にあるバスタから乗車し、終点の「勝浦温泉」まで、夜行バスで移動。

約10時間バスに乗って、朝の9時ごろに到着。

宿のチェックインが、午後からだったので、

先に宿に荷物を預かってもらい、必要な荷物だけ持って、

まず、「熊野速玉大社 (くまのはやたまたいしゃ)」を訪れることにした。

因みに、バス停「勝浦温泉」から、徒歩10分もかからない場所に、「紀伊勝浦駅」がある。

ここから、電車で、新宮駅まで行き、

駅からは、徒歩20分くらいで、

熊野速玉大社」に辿り着く。

1. 熊野速玉大社 (岩)

写真を見ると、分かるが、

僕が訪れた日は、大雨だった。

この熊野三山の地域は、非常に雨が多い。

この橋と鳥居の先に、境内がある。

*境内の写真撮影がダメだったので、これ以降の写真は残っていない。*

僕は、詳しい歴史を知らないため、ただ感じることしか出来なかったが、

実際に、「熊野速玉大社」を訪れてみて、

僕自身が感じたことは、

」って感じ。笑

自分のボキャブラリーが雑すぎるが、それ以外言葉が出てこない。(泣)

」って言っても、この神社のエネルギーが、という意味で。

正直な個人的な感想を言うと、この神社から、

強いエネルギーは、感じなかったかな。

どちらかと言うと、境内よりも、

この写真の鳥居から、境内までの道のりの方が、神聖な感じがした。

因みに、熊野速玉大社は、熊野三山の中でも、最もアクセスしやすい場所にある

機会があれば、是非訪れてみると良い。

参詣後は、ちょうどお昼の時間帯だったので、

勝浦温泉でなくて、神社の徒歩圏内である「新宮」で済ませることに。

ググった情報によると、

この和歌山の「新宮」は、『めはりずし』が、郷土料理らしい。

ということで、それを食してきた。

どうせなら、ちゃんとした『めはりずし』を食べたかったので、

総本家 めはりや 新宮本店」という老舗に、足を運んだ。

この写真の左の緑色の4つあるものが、

めはりずし』。

高菜の葉で包まれた酢飯だ。

僕は、生まれて初めて食べたが、凄く個性的な味だった。

自分好みの味付けではなかったけど、こういう郷土料理を食べるのは、楽しい!

2. 熊野那智大社 (木)

さて、午前中に、熊野速玉大社の観光をして、午後は、那智の滝がある「熊野那智大社」へ。

紀伊勝浦駅からバスが出ていて、20,30分バスに揺れると、神社の少し手前のポイントに、「大門坂」がある。

上の写真が、バス停を降りた近くの風景。

このまま真っ直ぐ行くと、「大門坂」だ。

熊野古道でもあるこの「大門坂」を歩きたかったので、

僕は手前で、バスを降りた。

樹齢800年ほどの夫婦杉が、入り口にある。

この道に入ると、

雰囲気が一変する。

久しぶりに、こんな大自然を感じた。

これが、僕の求めていた自然らしい自然だ。

木の感じが、高尾山とは、全然違う。

この大門坂を上に上がっていくと、

熊野那智大社の入り口」がある。

こんなに山の上にある神社に訪れたのは、初めてだった。

若いうちに来といて、良かった。笑

階段がたくさんあって、ここまで来るのも、まあまあ大変だった。

そして、これからは、少し降りて行った場所にある「那智の滝」を目指す。

三重塔と滝のセットが、新鮮。

本当は、晴れた景色を写真に収めたかったが、曇りでも、凄い。

このまま滝を目指して、歩いていく。

この「飛瀧神社 (ひろうじんじゃ)」の鳥居を抜けて、

階段を降りると、

こりゃあ、凄い!

一段の滝としては、日本一の落差 (133m) を誇る「那智の滝」。

また、この名前も良い。

僕は、アメリカとカナダの国境にあるナイアガラの滝を見たことがあったので、落差には驚かなかったが、

この滝の前に、鳥居がある感じが好きだ。

世界で最も滝と距離の近い鳥居なのではないだろうか。

遥々、東京から来た甲斐があった。

後ろを振り返ると、

先ほど、降りてきた階段が。笑

でも、この木の感じが好き。

那智の滝は、もちろん水だけど、

熊野那智大社」の全体的なエネルギーとしては、

(緑)』って、感じだった。

それほど、緑の豊かな場所である。

この階段を上がったところで、バス停があるので、そこから乗車して、宿へ。

因みに、バス停で待っていた観光客は、

全員外国人だった。

宿へ戻った後は、せっかく、マグロで有名な町に滞在するので、

マグロの刺身」を食べに行った。

いくつか候補があったのだが、

曜日の関係で閉まってる店もあり、

僕は、『竹原』というお店を訪れた。

これが、大正解。

マグロの刺身が、かなり美味しかった。

スーパーで買って食べたマグロの刺身の味は覚えてないけど、ここで食べたマグロの味は、3年経った今でも鮮明に覚えてる。

那智勝浦に来たら、

是非、マグロは食べて欲しい。

いくつか名店があるが、『竹原』は、凄いおすすめだ。

因みに、クーラーがかなりき効いていて、寒かったので、夏や秋でも、何か羽織るものがあると良いと思う。

3. 熊野本宮大社 (水)

現在の熊野本宮は、山の部分にあるが、

昔は、川の中洲にあった。

上の写真に映る絵図のような感じだったらしい。

明治22年 (1889年) の大水害によって、社殿の多くが流出したため、場所が、ちょこっと移ったのだ。

でっかい鳥居がある場所が、

大斎原 (おおゆのはら)」。

かつて、熊野本宮大社があった跡地だ。

ここを目指して、京都・大阪・奈良方面から、昔の旅人たちは、何日もかけて歩いてきた。

その道が有名な「熊野古道」である。

僕は、実際に熊野本宮大社を訪れて初めて、そのことを知った。

そこで、「熊野本宮大社が、日本人の観光の原点であること。」に気がついた。

日本人にとっては、神社を訪れることが、

『観光の原点』だったのだ。

個人的には、興味深い情報だった。

現在は、上の写真の階段を少し登った場所に境内がある。

しっかりとした本殿で、凄く気の良い場所に建てられていたが、

やっぱり、かつて中洲にあった時の本殿には敵わない。

熊野本宮大社には、「八咫ポスト」という面白いポストもある。

珍しい黒色の郵便ポストで、八咫烏 (ヤタガラス) が、乗ってる。

八咫烏は、日本を統一した神武天皇を導いた3本足のカラスだ。

僕は、熊野古道を少し歩いてみたくて、

熊野本宮大社の裏に続く、熊野古道の中辺路の一部を散歩した。

中辺路をガッツリ歩くと、1,2日かかってしまう。

僕は、1時間くらいしか、時間がなかったので、

まず、本宮からバスに乗って、伏拝王子のバス停 (伏拝口) で降り、そこから、熊野本宮大社に戻る感じで、熊野古道を歩いた。

本宮のすぐ近くにある「観光所」で、上のような地図をもらった。

なかなか大きくて、しっかりとした観光所だった。

やっぱり、たまには、こういう自然の中に身を置かないと。

日本の山は、人工林が多いが、

この熊野本宮の周辺は、天然林が多く残ってるようだ。

関連記事 : 熊野の森

でも、この辺は、人工林かな。

歩いた区間は、大体、徒歩1時間のコースかな。

僕は、早歩きなので、30分くらいで、歩き終えちゃったけど、

じっくり歩くなら、1時間は、みておいた方がいい。

熊野本宮周辺は、温泉郷でもある。

湯の峰温泉、川湯温泉、渡瀬温泉の3つの温泉があり、僕は、「川湯温泉」のエリアの民宿に泊まった。

最終目的地である『高野山』へのバスも、近くから出ていた。

熊野本宮から高野山へバスで移動する場合は、「聖地巡礼バス」の一択である。

観光バスのような座席ではなく、ローカルバスの座席で、約4時間の移動なので、結構疲れる。

熊野本宮周辺を8時頃出発するバスは、土日以外、一本しかないので、乗り遅れないようにしないといけない。

和歌山は、川の水が、凄く綺麗だ。

夜は、宿の近くにあった「喫茶こぶち」で、鮎の定食を食べた。

美味しかったけど、量が足りなかったかな。

注意事項

「熊野三山 (那智勝浦、新宮、熊野本宮)」周辺は、

現金しか、受け付けてないお店が多い。

バスも、整理券のみだったり、飲食店も、宿泊施設も。

*2017年9月時点の情報だけど、おそらく今でも、ほぼ変わってないと思う。*

普段都会生活で、クレジットカード払いしてる人は、そこを注意しておこう。

密教の聖地『高野山』

宿坊は、直感で選べ。

*真田家の家紋である「六門銭」。*

熊野本宮 (川湯温泉) から、聖地巡礼バス (ローカルバス) に乗り、片道4時間の道のりを経て、『高野山』に辿り着いた。

高野山には、旅館が、1軒しかない。

一般的に、観光客は、「宿坊」に泊まるのだ。

そして、宿坊には、それぞれ個性がある。

戦国武将の家系と縁のある寺院だったり、写経、阿字観など、体験出来ることが違ったり、宿泊料金も異なる。

僕は、全然高野山について知らなかったので、

52ヶ所ある宿坊のうち、ピンと来た「蓮華定院」を選んだ。

個人的に、

写経とか、朝勤行とか、参加してもしなくてもいい自由度の高い宿が良かったのと、一人での宿泊なため、安い部屋で十分だったから。

と言っても、宿坊はどこも高くて、

当時、最も安かった部屋が、一泊一万二千円以上だった。

インドのアシュラムとかだと、無料で、食事と宿泊が出来たりするので、

宿坊は、普通にビジネスって感じだ。

ちなみに、予約が必須なので、事前にちゃんと予約しておこう。

予約は、「高野山宿坊教会のホームページ」から、可能だ。

僕が宿泊した「蓮華定院」は、朝晩の食事付きの宿坊で、

精進料理を頂いた。

上の写真は、夜ご飯で、三の膳まであった。

動物性の使わない食材で、あんまり味のない料理を想像していたが、

普通に、めちゃくちゃ美味しかった。

逆に、食欲が増すというか、最高だった。

また食べたい。。。

高野山といえば、「奥の院」だ。

織田信長、明智光秀など、数々の戦国武将の墓があり、全長2kmもある巨大な墓地である。

僕はあまり戦国時代に興味ないけれど、

なんか良い場所だった。

空海は、空海。

僕は、高野山の宿坊に2泊して、

町中を歩き回ったり、女人道をハイキングしたりして、過ごした。

しかし、その中で、

空海の固有のエネルギーを感じることはなかった。

どちらかと言うと、真田家だったり、戦国武将のエネルギーの方が、強く感じた。

僕が、霊的なエネルギーに敏感じゃないからかもしれないが、

きっと、『空海』は、「(くう)」であり、「(うみ)」のような人だったのだと思う。

『空海』は、今も、空や海のごとく、存在しているのだ。

だからこそ、固有のエネルギーを感じとれなかったのかもしれない。

今回の一人旅を総括!

個別な感想は、全て述べたので、特にないが、後から振り返ると、見えてくるものがある。

自分の直感に従い、「熊野三山」と『高野山』を訪れてみて、

現代日本人が、見失いつつある古来の日本の素晴らしさを少し感じることが出来た。

知識ではなくて、体感したことに大きな価値があったように思う。

旅の中で訪れた、「熊野三山 (那智、新宮、熊野本宮)」にしても、『高野山』にしても、

観光客のほとんどは、外国人だった。

僕が訪れたのが、平日だったとしても、日本人が少な過ぎるように感じた。

「紀伊の国」は、現代の日本人にこそ、訪れて欲しい場所だ。

高野山の宿坊の精進料理や、熊野の自然、綺麗な川を目の当たりにすることで、何か気付きを得るだろう。

もし、興味があるのなら、

是非、実際に足を運んでみて欲しいなと思う。

この雑誌には、高野山の宿坊や歴史などが、程よく説明されていて、

個人的に、参考にさせてもらった。

高野山に行く人には、おすすめの一冊である。

それに、表紙も、イケてる!

ちなみに、僕は行かなかったのだが、

熊野本宮と高野山の間に、日本三美人湯で有名な「龍神温泉」がある。

高野山と合わせて、訪れるのも良さそうだ。



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