常に本当の自分は今ここにいて、どこへも動いてはいない。




常に本当の自分は今ここにいて、どこへも動いてはいない。

このタイトルを見て、この記事をクリックした人は、人生のどこかのタイミングで、ふと、そう感じたことがあるのかもしれない。

「移動」という実感は、人間の感覚による産物でしかない。

僕は、20才の頃から、海外をよく放浪するようになったのだが、飛行機で外国へ移動している時に、たまに、ふと思うことがある。

あれ?

本当の自分は、どこにも動いていない」のではないか。と。

なぜなら、自分が飛行機に乗って移動し、異国の土地に足を踏み入れても、その時、自分がいるのはいつも、「今ここ」だからだ。

僕は、「今ここ」という場所から、生まれてこの方、一度も離れたことがない。

それはたとえ、生まれ故郷である日本から、遠く離れたアフリカの大地へ降り立った時でさえ。

どれだけ物理的に遠く移動したとしても、僕は、常に「今ここ」にいるのだ。

別の言葉で言い換えると、

人間という肉体には、“ 感覚という機能が備わってる ”から、自分が本当に移動した気がするのではないだろうか。

だが、それは幻想に近いものであり、「移動」というのは、「瞬間が自分の肉体というフィルターを通過してるような行為」だということ。

つまり、

全ては、常に、「今ここ」で、起きているのだ。

だから、

本当の自分は常に今ここにいて、動いてる・移動してるという感覚を創り出してるだけ」なんじゃないかなと、

最近というか、2年前くらいから、僕はそう推理してる。

推理しているというのも、正しい表現じゃないかもしれない。

そう気がついた。

そういう感覚に陥った。って感じ。

となると、

僕たちが現実だと思ってるこの地球や宇宙という世界は、めちゃくちゃリアルなバーチャル世界である可能性が非常に高い。

本当の自分 (真我) の一部である魂が、ある肉体に宿ることで、その肉体のある世界で、現実を体験することができる。

地球や宇宙の創造主によって、魂が宿るための肉体 (衣) を与えられたことで、地球で生きることができ、経験を積め、変化を体験し、学びを行う。

映画に例えると、人間の身体や現実は、スクリーンに映し出されたものであり、本当の自分は、そのスクリーンを観ている観客席にいる者。

ビデオゲームに本気でハマってると、自分がゲームの世界の主人公に憑依するが、本当の自分は、この地球の家のテレビの前で、ゲームをしている本人であるように。

五感は、本当の自分ではない!?

もし僕の仮定通り、

本当の自分は常に今ここにいて、動いてる・移動してるという感覚を創り出してるだけ」、

つまり、「移動」という実感が、人間の感覚による産物でしかないのなら、

一体、「本当の自分」とは何なのだろうか?

そのヒントは、解脱した者の言葉を頼りにするのが、ベストだろう。

本当の自分とは、『真我 (自己)』である。

ブッダ (ゴーダマ・シッダルータ) も解脱しているが、彼の生きた時代は昔過ぎるし、あの時代は、書き物がなかったので、本当の彼の言葉を探すのが、非常に難しい。

なので、今回は、20世紀に解脱した「ラマナマハルシ」という、南インドの聖者 (覚者) の言葉を引用したい。

私は誰でしょうか?」という問いに対して、こう答えている。

七つの気まぐれな部分 (頭部・両手・胴体・生殖器・両足) から成るこの粗大な身体、私はそれではない。五つの感覚器官、聴覚、触覚、視覚、味覚、そして、嗅覚は、それぞれの対象である、音、感触、色や形、味、そして匂いをとらえるけれども、私はそれらではない。五つの能動的な器官、発生・運動・認識・排泄および生殖器官は、それぞれに話すこと、動きまわること、認識すること、排泄すること、楽しむことを機能するが、私はそれらではない。五つの生気、すなわちプラーナその他の物は、それぞれ呼気その他の働きをするけれども、それらは私ではない。ものごとを考える心すらも、私ではない。対象物の印象のみが刻みこまれている無知、そこに対象物も働きかけない無知もまた私ではない。

今述べたことのすべてを「これではない」、「これではない」と否定しさった後に、ただひとつ残る自覚、それが私である。

出典 : ラマナマハルシの教え

僕は、真我と自我の違いについて、理解しつつあるが、解脱をしてるわけじゃないので、真我とは何か、明確に話すことはできない。

だがもし、ラマナマハルシの言葉が正しいのであれば、世界中を移動しまくっても、常に動いていない自分こそが、「本当の自分 (真我)」なのかもしれない。

最後に

ラマナマハルシ

常に本当の自分は今ここにいて、どこへも動いてはいない。

正直、どうでも良いっちゃどうでもいい話なんだけど、なんか気になる考察だったので、書いてみた。

普通に歩くだけではこの感覚を感じにくいけれど、飛行機の中だったり、日本から離れた国へ行ってみると、その感覚を比較的感じやすい気がする。

あんまりピンとこない内容だったかもしれないが、頭の片隅に置いておくと、いつかその体験が訪れるかもしれない。



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