ヨセミテハイクから学んだのは、『人生は、過程を楽しむもの。』だということ。




2016年の夏、

僕は、Trek America (トレックアメリカ) という海外現地発着ツアーの「The Great 48」に参加して、アメリカ48州をジグザグに縦横断した。

この地図を見ると、中央左側に、

アメリカ合衆国、カリフォルニア州に属する「ヨセミテ国立公園 (Yosemite National Park)」という場所がある。

*「ヨセミテ (Yosemite)」は、Mac bookのデスクトップに利用されたこともあるので、名前だけでも聞いたことある人は多いのではないだろうか。*

今回は、このヨセミテ国立公園で、

僕が、ハイキングをした時に感じたこと。

その体験から、「僕自身が学んだこと」について書いたいなと思う。

ヨセミテハイキング体験談

*水のないヨセミテ滝*

ヨセミテ国立公園には、ハイキングコース (トレッキングコース) がいくつかある。

その中で、僕が挑戦したのは、

Upper Yosemite Fall Trail (アッパー・ヨセミテフォール・トレイル)」。

往復「7.2Mile (11.6km)」で、「高さ3000ft (914m)」のハイキングコースだ。

アメリカで、最も落差のある「ヨセミテ滝」の上の方まで行くコースで、数あるヨセミテのハイキングコースの中でも、1,2番目にハードと言われている。

因みに、往復するのに、大体6〜8時間かかるのが、一般的。

スタート地点は、ヨセミテバレーにある「Camp 4」の近くで、そこから山を登っていく。

最初は、山の中を歩いて、ひたすら上っていくのだが、途中で、視界が開けてくる。

歩いてる道は、こんな感じ。

これが、意外と、柔らかい砂浜のようで、疲れるのだ。笑

トレイルの幅は、狭めな感じで、日本のような柵は、基本ない。

このハイキングコースは、谷の斜面を上っていく形なので、高度が上がるほど、ヨセミテ谷を見渡せるようになる。

これが、本当に美しい。

しかも、この日は、天気も良くて、遠くまで見渡せた。

上から見ると、谷底の全体像 (自然環境) がよくわかる。

そして、何よりも、

ハイキングコースからの眺めが、素晴らしい。

途中、「ステラーカケス (Steller’s jay)」という鳥も、発見。

僕は、この鳥をこの時初めて見たのだが、

青い羽が、美しかった。

ハイキングは続く。

意外と、ずっと上り坂ではなくて、

途中、下がって行ったり、上がって行ったりのアップダウンもある。

しかし、後半は、もっとハイキングコースの角度が、急になっていく。笑

正確な時間は忘れたが、

結構ハイペースに歩いていって、1時間半くらいで、頂上近くまで着いた。

その眺めが、これだ。

普通に、最高過ぎる!

別の角度を撮ると、「断崖絶壁」!

因みに、上の写真に映ってる青いTシャツの彼は、僕と一緒に上ってきたマット君 (Matt)。

残念ながら、僕が登った8月は、

雪解け水からなる「ヨセミテ滝 (Yosemite Fall)」に、水がなかった。

滝なのに、水がないんかい!?

という話だが、

なかったので、しょうがない。笑

ここは、メインのビューポイントの1つ。

*厳密に言うと、このポイントは頂上ではなく、この先に、ヨセミテ滝の上を超える橋があり、そこから少し登った先がゴールである。*

そして、素晴らしい眺めだった。

だが、僕にとって、最も印象的だったのは、

ハイキングの「途中の景色」だ。

実はこれまで、ハイキングをする際、

僕は、颯爽と駆け上がっていき、あまり景色を味わって眺めたりしないタイプだった

それは、

ただ普通に登るだけでは、面白くないので、自分を限界まで追い込み、出来るだけ早く頂上に到達することを目標にして、ハイキングへ取り組んでいたからである。

別に誰からも強制されたわけじゃないのだが、自分で勝手にハードルを立て、それを乗り越えることに、僕は、喜びを見出していたのだ。

(ストイック!笑)

しかし、このヨセミテ国立公園でのハイキングの経験で、

僕の価値観は一変した。

目的地 (ゴール) に、辿り着くことや、そこから見る景色よりも、

ゴールに辿り着くことも含めた「その過程を楽しむことの大切さ」に気が付いたのだ。

グランドキャニオンのハイキング

アメリカ横断中に、国立公園を訪れた時は、よくハイキングコースを歩きにいっていた。

そのうちの1つに、グランドキャニオンの「ブライトエンジェルトレイル (Bright Angel Trail)」というトレッキングコースがある。

このコースは、アメリカの国立公園の中では、「日帰りで挑戦するハイクで、最も過酷。」だと言われてるコースだ。

往復の距離が、「12.2mile (19.6km)」。

高度が、3080ft なので、スタート地点と終点「Plateau Point」の高さの差は、「940m (約1km)」。

つまり、終点まで行くのなら、約2kmのアップダウンをして、合計約20km歩くという感じだ。

別に20km歩くこと自体は、大したことない。

だが、このルートが過酷だと言われてるのには、理由が、2つある。

1つは、「最初が下り坂で、帰りが登り坂。」だということ。

つまり、山登りとは逆で、

朝の涼しい時間帯は楽だが、昼間の1番暑い時間帯に、坂をひたすら登ることになるのだ。

さらに、2つめの理由は、

日陰がないこと」。

そういう環境もあり、一般的に、

ブライトエンジェルトレイルのスタート地点から「Plateau Point」までの往復時間は、

8〜12時間』だ。

そして、僕は、8月の1番暑い時期に、日帰りコースの終点である「Plateau Point」までの往復に挑戦した。

Trek America (トレックアメリカ) で、僕と同じグループのツアーメイトには、このコースに挑戦する人はいなかったが、同じキャンプ場にいた他のトレックアメリカのメンバー5,6人と、このハイキングをスタート。

途中までは、みんな一緒に歩いていた。

*「Indian Gardens」あたりからの景色*

しかし、途中からペースに開きが出て、僕とシカゴ出身の男性の2トップとなる。

下りは、2時間くらいで、目的地の「Plateau Point」まで到着。

この終点で、景色をしばらく堪能した後は、スタート地点でもあるゴール地点へ。

そして結局、僕は、「4時間半」で、往復してきてしまった。

*終点の「Plateau Point」*

欧米人に負けたくなくて、気合を入れたこともあったけど、

僕がハイペースで歩いたのは、

ただ、自分を限界まで追い込んで、達成感を味わいたかったのと、途中で足を止めると、逆にきつかったから。

因みに、かなり早めのタイムでゴールしたけれど、歩くペースが早くて、休憩してないだけで、景色はちゃんと眺めている。

正直、周りと競争していた面は、否めないが。

もちろん、高校時代のように身体が現役ではなかったが、

その時の自分にしては、自分のハードルを超えたし、凄い達成感を味わった。

でも、「達成感というのは、一瞬のこと」で、

そう長くは続くものじゃないことを実感していたし、どこかしっくりこないというか、これまでのハイキングの取り組み方の行き止まりに、到達した感じがあった。

そして、そこに、自分の幸せはなかった

人生は、過程を楽しむもの。

ちょっと、話の舞台が逸れてしまったが、

僕は、グランドキャニオンの後に、ヨセミテを訪れている。

つまり、グランドキャニオンでの経験も、ヨセミテで得た気付きに、関連してるのだ。

今までの自分は、

人生で結果を残すためには、辛い過程を我慢しなければならない。

そう強く思い込んでいた。

厳しい高校野球の世界で、青春時代を生き抜いた僕は、

監督からもそういう指導を受けてきたし、自分が苦しい時は、常にそう言い聞かせて、乗り越えてきた。

その18才までに自分に身についたその思考は、21才になった自分にも、へばりついていた。

ハイキングを早く登頂するためには、

誰とも話さずに、黙々と、ひたすら休憩時間を最小限にして、出来るだけ止まらずに、歩いて行った方が早い。

確かに、そのやり方だと、早く登頂することはできる。

だが、ハイキング中に、周りの景色をじっくりと味わうことはできない。

でも、早くゴール (目的地) に辿り着くことは、そんなに重要なのだろうか。

グランドキャニオンの時は、周りの外国人に負けたくない気持ちと、自分を追い込みたい気持ちがあって、いかに頂上 (ゴール) まで、早く到達できるかを考えていた。

*まあ正直、グランドキャニオンの時は、ハイキング中の周りの景色は大したことなかったけれど。*

でも、ヨセミテをハイキングしてる時に、

*「Upper Yosemite Fall Trail」からの景色。*

頂上だけでなく、途中のハイキングコースからの景色も、綺麗過ぎて、

自分は、

こんな綺麗な景色を味わうことを犠牲にして、早く頂上に辿り着くことを優先してるのか。

ふと、我に返るような気付きが起きた。

僕は、『ハイキング』と『人生』を重ね合わせていた。

ゴールに早く到達する (一瞬の達成感を味わう) ために、それまでの景色をじっくり味わない (何時間も犠牲にする) ハイキングの仕方 (生き方) は、もったいないじゃないか。

こんな生き方だと、人生のほとんどをドブに捨ててるようなものだ。

それなら、ゴールにたどり着くことも含めた「過程を全て味わって楽しむ」方が、良くないか!?

僕は、今回のヨセミテハイクを通して、

幸せとは、我慢の先 (目的地) にあるものではなく、人生の過程 (道中) にあるもの。

だと気がついた。

この人生観は、自分にとって衝撃的だった。

当たり前っちゃ、当たり前の話だが、

なんで自分は、こんなに目的地へ急いでいたんだろう?

先を急いでも、自分は「今」にしか存在できないのに。

そして、幸せを感じられる瞬間も、「今」しかないのに。

過程を犠牲にして、目的地に早く到達することなんて、なんの意味もないじゃないか。

結果を出すために、過程を辛く我慢したり、目的地へ辿り着くために、今を味わうことを犠牲にするのではなく、

人生は、過程そのもの (結果を含めた) を楽しむもの。

だということを僕は、このヨセミテでのハイキングを通して、学んだ。



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